さが地元就職記

新卒、UJIターンなど佐賀での地元就職体験を紹介します。今回は株式会社ワイビーエム(唐津市)の上田晃さんを紹介します。

2016年2月16日更新

上田 晃さん  株式会社ワイビーエム   企業情報を見る

うえだ あきら/唐津市出身。福岡県内の大学で機械工学を学び、造船会社に入社。タンカーなど大型船舶の機関部門の設計に携わる。2007年3月、ワイビーエム入社。妻、一男一女と唐津市に住む。

古里で仕事、子育ての環境得る

■株式会社ワイビーエムの事業概要と、担当業務についてお聞かせ下さい。

 当社はボーリング関連の技術を核とした地盤改良や掘削を行う土木工事用の重機のほか、土壌や水質汚染調査、水質浄化システムなどの環境機器を製造しています。工事の規模や用途に応じて機器の大きさや仕様はさまざまで、多くの製品は顧客に応じた受注生産となります。

 所属する技術開発部は、機器の設計や組み込まれるソフトの開発を行う部署で、八つあるグループのうち一つを、グループ長として預かっています。掘削機は大きな騒音を出すというデメリットがありますが、当グループでは振り子が発生する遠心力を応用した「バイブレーションマシン」という機構を使った低騒音の掘削機の開発を担当しています。グループ長として部下の指導も行っていますが、私も1人の技術者として機器の開発、改良に取り組んでいます。

Uターン就職、最後は自分で決断

■前職での経験と、Uターンのきっかけを教えて下さい。

 大学卒業後に就職した造船会社はタンカーやコンテナ船などの大型船舶を製造していました。担当はエンジンや発電機などの機関部分です。製造する製品がとにかく大きいですから、設計部門も荷室や居住部分などに分かれ、さらにそれぞれの部門も上流、中流、下流に分かれるなど担当業務が明確に分割されていました。いまの仕事と違って製造現場と頻繁に意見を交わすこともなく、ただ自分の担当する業務を黙々とこなす感じでした。製造拠点も国内に複数あり、私は三重の事業所に赴任しましたが、その後も転勤は続くようでした。

 両親は九州内での勤務を期待していたようで、入社3年目ごろに「帰ってこないか」という打診があったことを覚えています。そのころ、転勤で全国を転々とする生活は性に合っていないと思っていましたし、家族のサポートがあればより一層仕事に打ち込むこともできると感じていました。もちろん前職も大変やりがいがありましたから、「帰ってこい」といわれたから戻るのではなく、自分で「帰る」と決めてUターンしなければ後悔すると思い、納得できる仕事を探し、いまの会社と出合いました。

■Uターン就職をして、実際にいかがですか。

 同じ設計の仕事でも作るものが全く違い最初は戸惑いましたが、周りの皆さんが優しく教えてくれました。いまでも大変感謝しています。当社は若い人にどんどん仕事を任せるという方針ですから、私も次々と新しいことにチャレンジさせてもらえました。もちろん失敗もありましたが、現場とのやり取りなどを続ける中で、成長できたと思っています。

 私生活では、実家の近くに家を建て家族4人で暮らしています。上の娘が4歳、下の息子が2歳です。以前の職場では待機児童の問題なども耳にしていましたが、いまは家族のサポートもあり、子育てには大変よい環境を得ることができました。

■今後の目標についてお聞かせ下さい。

 より一層顧客の期待に応えられる製品を作ることはもちろんですが、若い人を1日も早く一人前に育てるよう力を尽くしたいと思っています。また、当社は製品ごとにチームや個人で開発を担当しますが、そこで得られたノウハウや経験が組織として十分に共有できているとはいえません。部品や設計の共通化など開発コストを抑えながら、より多くの顧客のニーズに迅速に応えられるような製品を提供できるチーム、組織づくりを目指したいと思っています。

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